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横浜家庭裁判所川崎支部 昭和43年(家)893号 審判

申立人 山中繁(仮名)

主文

申立人らの氏「○○」を亡父の氏「○○」に変更することを許可する。

理由

本件の場合のように亡父母の氏への変更については、消極説が広く説かれているが、下記理由により本件申立は許可すべきものとする。

一、民法第七九一条は亡父母への氏変更につき制限を加えていないこと。

一、氏は個人の呼称であるが、同時に一定の親族団体の共通の呼称(親族団体を如何に把握理解するかは時の流れに従うであろうが、現在では夫婦とその保育関係にある子)であつても、決していわゆる家名ではないこと。

一、既に家を解体したその形骸たる氏への郷愁が、仮りに本件申立の底流にひそんでいたとしても、本件許可により家制度の癌であつた個人の尊厳と両性の本質的平等を害することはないこと。

一、尤も氏如何は或は祭祀承継者の資格に影響することがあるが、本件申立はそれがためのものとは認め難く、仮りに然らずとするも、これがために家制度復活に資するものとはいえない。

現行民法施行後既に二〇年を経過した今日、民主社会の生活に馴染んだ大衆が、個人の自由と尊厳を害した旧法の家制度への復帰を求めることはないといえる。

一、本来民法第七九一条の如き規定は実体法たる民法におくべきでなく、戸籍法において規定すべきものであること。従つて、現行法上の解釈においてもその理念、趣旨としては、戸籍法第一〇七条を緩和した特別規定と解すべきである。

尤も戸籍法第一〇七条は呼称の変更にとどまり、氏の同一性を失わない点において、氏の同一性の変更である民法第七九一条とは異るけれども、氏の同一性に固執することは呼称の同一性と異なりいわゆる旧法の家の観念より脱避しない観念である。

加えて氏の同一性は個人の権利義務に関係がないとすれば、民法第七九一条は戸籍法第一〇七条の特例と解釈して差支えはなかろう。ただ、氏如何は権利義務に関係なしとされるが、現実には現行法制下において、恩給法(旧軍人若しくは旧準軍人又はこれらの者の遺族の恩給を受ける権利又は資格の取得)による年金等受給権或は祭祀承継資格に関係がある点が、民法第七九一条が戸籍法第一〇七条の特例であるとの解釈に支障をきたすように思われるが、本来恩給法等による年金受給権、祭祀承継の規定は、氏により規制すべきではなく生活事実に基いて規制すべきことであり、然らざる現行規定は好ましからざるものである点に思いを到すなれば(恩給法が氏如何により受給権を失わしめることのため、受給権者が結婚しても婚姻届出をせず、内縁のままとして受給権を確保している例が多々ある事実は、この規定が好ましからざる立法であることを示すであろう。)それに拘らず特例解釈すべきであろう。

叙上の如く解するときには、亡父母の氏への変更申立においては、戸籍法第一〇七条の如く氏の変更につき「やむを得ない」場合に限定せず、父母の氏への変更は原則として許可し、ただそれが個人の同一性識別と従つて取引の安全を害する場合に限り氏変更を制限すべきものとなるところ、本件申立によればそれが亡父の氏への変更だけに、一般改名と異り同一性の識別を困難ならしめることは少なく、また仮りにあつたとしても申立人本人が望むところなるが故に、その不便は申立人本人において甘受すべきである。

また第三者との経済社会上の取引の安全の点についても、本件申立人の地位、職業、資産等を勘案すれば、弊害ありとは思われない。

よつて、申立人からの本件申立は理由ありと認め、主文のとおり審判する。

(家事審判官 村崎満)

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